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No.02  2005.07.07

良い塩梅?18%の謎
今年の梅干はいかに?


6月に入ると、いつも取っている八百屋さんに「今年の梅はどうですか」と聞くようになる。
果物等の実物(みもの)は「はしり」が美味しい場合も多いが、少々値も張り、安定していない場合もある。だから、安くなったかな?という旬のタイミングで梅の実を届けてもらうことにしている。

梅干用にぴったりの南高梅は一般の梅より少し送れて出回るので、雑誌やテレビで恒例の「梅干」特集の後、一呼吸おいて6月の後半に届く。
そして毎年10キロの南高梅を梅干にするため、今年の塩選びが始まる。

相方が出張がちなので、梅干作りはいつの間にか私の仕事になってしまっていて、塩選びから干し終わるまで、ほぼ一人でやってる。

梅干は買って食べている人がほとんどだと思うが、自分で作ってしまうと外で出される梅干の「変さ」に、いちいち驚くやらため息をつくやら、複雑な気持ちになってしまう。
何が変?て、混ぜ物が多くて梅干とは違った味がするからだ。
普通に塩や少々の焼酎で漬けたモノにはない人工的なウマミやアマミが真っ先に舌を刺激し、遅れてようやく「梅ですよー」と言ってくる。
何だか「梅干風梅干」とでも言いたくなるくらい違うモノも多い。

だから自分の家で作るのだが、実は梅干を作ること自体がとても楽しいことなのだ。
美しい大玉の梅を、毎年少しづづ塩梅を変えながら梅干を作る、というか「育て」ている。

今年は三つ(厳密には同じ条件などありえないが)、今までと違うところがある。

まず、塩そのもの。

毎年基本にしているのは新潟県岩船郡山北町で作られている日本海の「海の塩」。
ここの塩は「笹川流れ」と呼ばれる、川からの水が注ぎ込む河口近くで作っているそうだ。
新潟でも山形に近いこの地域は、山が海のすぐ近くまであり、あまり汚染されていない山の栄養素が沢山含まれているのだと思う。

「昔食べた塩をもう一度食べたい」ということから塩つくりを始めたという佐藤寛氏が、滋養豊かな「笹川流れ」の海水を煮詰め作っている。

以前、伊勢神宮にお参りした時に訪ねた古代からの塩作りの場所は、やはり五十鈴川の河口近くの塩分濃度が低い場所だった。
その時は「何故だろう?」と思っていた謎が、こちらの「海の塩」をなめて解けた。

日本人の味覚では「旨い」と「甘い」がとても近い処にあるのだが、まさにこちらの塩は「甘くて旨い」塩なのだ。
その旨味の中に、山からの沢山の授かりものが凝縮されている。


塩は食の基本つまり「いのち」の基本なので、我が家では随分と沢山の塩を買って試した。
それが高じて、東京の式根島まで大鍋を持参して、塩つくりをしている方の処で海水からカンスイ(鹹水)を作り、それを椿の薪を使い土鍋で煮詰めて塩を作るという、本格的な塩作りまでしたこともある。
当然最高の塩が出来た。
手前味噌という言葉があるが、ここで作った塩はどこの塩より旨かったのだが、佐藤氏が作っている「藻塩」を舐めて初めて「負けた」と思った。

調べて見ると、現在では様々な人たちが藻塩を作っているようだ。
おそらく市場商品として世に送り出したのは佐藤氏が元祖ではないだろうか。

「藻塩」はいくつか作り方があるようだが、ホンダワラのような海草に海水を掛けて乾かし、それを繰り返したものに沸騰した海水を掛け、カンスイを作り、煮詰めて作った塩で、塩田が作られる以前の古代から作られてきた幻の塩だ。
決して海草臭くは無い。塩だから当然しょっぱいのだが、ちょっと舐めるとえも言えぬ甘さが特徴で極自然な旨味が感じられる塩だ。

おにぎりや焼き鳥、キュウリや生のトマトに極わずか振ると、最高の旨さを引き出してくれる。嫌味が全く無いし、塩加減を失敗して少し多めに入れてしまっても辛さに角が無い。
今のところ、私にとっては「日本一の塩」で、太鼓判を押して塩の味の分かる人に薦めている。
沢山は作れないので少し時間が掛かるが、送って頂くことも出来る。

梅干の話に戻るが、例年だと「海の塩」にチベットの岩塩を足してみたり、違う地域の天然塩をブレンドしていたのを今年は止め、全部「笹川流れ」の塩にし、「海の塩」3:「藻塩」1の割合で使うことにした。


二つ目の違いは塩の量。

昨年まで12%という減塩タイプで作っていたのを、塩を少し増やし16%の「微」減塩タイプにしてみた。
御存知の方も多いと思うが、昔からの梅干の基本は梅100に対し、重量比18%の塩。これが基準になっている。
今、一般に売られているのは減塩タイプばかりで10%を切るものさえある。これらは冷蔵庫で保存しないと傷む。
もし傷まないようだと防腐剤が入っていると考えていい。

18%の塩分は常温で長期的に保存が利く目安なのだが、そればかりでないことを昨年テレビで知った。
梅干研究家の女性が長年、様々にやってみた結果、昔からの基本の18%は特別な濃度だということが分かったのだという。
それは保存性ばかりでなく、酸味がとてもまろやかになる濃度なのだというのだ。

今まで私の作った梅干は、香りと味は物凄く良いのだが、人によっては少し酸っぱさがキツイようだった。
南高梅は甘くてジューシーなイメージがあるが、実は豊後梅などより酸味が強い梅で、市販のものは酸味を抑える工夫をして、加工しているものも多い。
「梅干は酸っぱくて当然」というのは正論だが、もう少し南高梅の酸味が柔らかくならないかな、と思っていたので「これだ」と膝を打った。

土用干しが済んだ後、そのまま半乾燥状態にすることが多いのだが、我が家では柔らかい皮のふっくらとした梅干が好きなので、梅酢の中に再び戻して保存している。
昨年の土用干しの後に酸味と塩分の関係を知ったので、遅いと思いつつも少し塩を足し、当初の重さから16%の状態にしてみた。
しばらくして本当に酸味が和らいだので驚いた。

そんなわけで今年は最初から16%にしてみた。
なぜ「黄金の18%」ではないのかというと、これで様子を見て、まだ良くなさそう(もっと良くなりそう)なら2%分(200g程度)後から足してみようという、踏ん切りの悪さが理由。
あまり人の言うことを信じないせいか?
実はそればかりでなく、干し方や保存の仕方で最終的な塩分濃度が決まるのでこの2%は本当に微妙なのだ。

更に三つ目の改良点は少し使う焼酎(甲類)をウォッカに変えてみたこと。
普通使われるのはホワイトリカーという安いお酒で、主に消毒のため、という事でスプレーに入れてシューシューしながら梅を漬け込んでいく。
だから最低35度、できれば40度以上のアルコールが適している。
あるテレビで、今は飲み屋でチュウハイを頼んでも焼酎でなくウォッカを使っていて、その理由が癖の無さにある、と言っていた。
以前から癖の無い甲種の焼酎を選んでいたのだが、何だか微妙な癖があるように感じられていたので「これだ」とまたまた膝を打ってしまった。
アルコール類は高級ブランデーを使うと積極的に風味が変わり、頂いたことがあるがこれはこれで美味しい。
でも、せっかく梅の最高の香りが楽しめなくなるのは嫌なので今年はウォッカでやってみた。

今回はアルコールのことで、少々考えさせられた。
ある、とても尊敬する方から、「やはり基本は江戸時代からの漬け方。原点は塩と梅、梅の中の酸。これだけで漬けて、何年経っても美味しくいただけること」「アルコールを使うのは『趣味』の漬け方では?」と聡された。
「なるほど」、としばらくアルコールについて考えてみた。
消毒するのは、特に塩漬けにして重石を乗せ、梅から水分が滲み出して梅全体を覆う(いわゆる「水が上がる」状態)まで梅自体が傷みやすく、黴が表面に出やすいことから使われることが多い。
例えば、もらった梅などは大きさや熟し具合はテンでバラバラなことが多く、落ち梅(本当はこれが一番柔らかく、美味しく出来る)は特に痛みや黴菌が多いので、風味を維持するためにかなり有効に働いてくれる。
あと、見落としがちで重要なのは、アルコール類を使うことで塩と梅とが非常に良く密着し、重石の圧力と浸透圧の両方で行われる「水上げ」が手早く進行すること。

私は、漬けるタイミングを最高に良い状態でしたいので八百屋さんに入ったらすぐに持って来てもらい、家に置いて出来る限り待つことにしている。
熟した梅は本当に傷みやすい。

少し早めに熟したのはアク抜きのための水漬けを早めにし、水の中で熟成を遅らせて他の実が熟すのを待つ。

熟した杏のような香りが部屋中に満ち、ほぼ全体の実が半透明になってきたところで漬ける。
このタイミングだと出来上がりの梅干の皮が薄く、実が柔らかく、香りは最高ということになるが、扱いは生卵の黄身を扱うように丁寧に扱わなければならない。
この「卵の黄身が露出した状態」は出来る限り短くしたい。
この状態では実の熟成と傷みが劇的に進行してしまう。
だから、皮を割ってしまう原因にもなる重石は出来る限り軽くしたい。

普通、梅の2倍くらいの重さを目安に重石をするが、今回使ったのは1.5倍の15kg程度。
それでもあっという間に水が上がってきて、1日半でほぼ水が上がって、すぐに重石を10kgまで落とした。
私には普通だが、これはかなり早いようだ。
5・6日かかるということもあるそうだ。
早い理由は、熟し加減とアルコールによる塩の密着だと思う。

そう考えるとアルコールに何か罪はあるだろうか?
考えられることは、食べた時の風味にアルコール臭さが残らないかということと、長期的に何かの成分が風味を悪化させることは無いかということか。

実際のところ土用干しもあるので、アルコール臭さが残って気になったことは一度も無い。
ただ、長期的な悪化や効用については良く分からないが、なんとなく影響があるように思う。

あとは、「原点に立ち返る」という言う意味での精神的な意味合いだろうか?
食べ物を扱う時の「気持ち」という問題は侮れないものがあり、味にも出てきてしまうので「塩だけ」で漬ける、ということは梅に対する態度がより細やかになり、器具の清潔にも気をつけ、漬けた後の面倒見の良さにも関わってくる。
ちょっとずさんだと表面に黴を生やしてそのずさんさを指摘してくれる。
そして、梅干を慈しみながら大切に作ってきた人々との、時代を超えた交流もある。


何十年も熟成を深め、風味を保つような梅干はそういったことで出来上がってゆくのかも知れない。
そんな食べ物は単なる食べ物ではない。
暑気を払い、胃腸の働きを整える良薬のような働きをしてくれる。

私としては、「それは趣味」と呼ばれても「はいそうです」という感じで、真剣に楽しく全く手抜きをせずに梅干を作っているので呼ばれ方の問題ではないのだが、梅干で一番問題が起こりやすい水上げまでを、とても良いかたちで手早く過ごせるので、来年もアルコール類を少し使おうかと思っている。

梅干にアルコール類は必要か?という事はもう少し時間をかけて検討してゆくつもりだ。

水の上がった梅干用の樽には、ビニールを掛け、紐で結んで埃などが入らないようにしている。
ビニールを取って中の様子を窺うと、フワッと杏のような甘い香りが漂う。
今年は香りの強さはほどほどなのに今までに無いくらい甘い香りが膨らんでくる。
まだ、酸味はほとんど感じられない。ジュースのような香りがする。


多分、あと二十日もしないうちに、土用干しの梅が簾の上に整然と鎮座し、身の内の水分と引き換えに日の光をたっぷり吸収してゆくのを目にすることが出来るだろう。

一日干すごとに一粒口に入れ、果物のような味と香りから、酸味と滋味を封じ込めた「梅干」への変化が楽しめるのは作っている人だけだ。

そして瓶にまた封じ込め、数ヶ月の沈黙の後、様々な人達への「心の大使」として差し上げようと思う。

どうです?来年は梅干を作ってみませんか?
良い塩梅か?18%の謎  ―終―



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