はじめに 2年程前に書いた覚書です。 このままだと分り難いと思いますが、あえてそのまま記してみます。 |
内奥に向かい、根源に向かうことと 外側の殻を破り、絶ち、離れてゆくことの 究極のところでの同義性 ニュートンにとって「光」は常に外側にあり 同じ時代 ゲーテは外側と内側の「光」の出会いを感じていた 時代はニュートンに傾き 人のからだが虚無に蝕まれていった ニュートン的科学は今の栄養学をも生んだが 食べることで得られるエネルギーとは違う 別種のエネルギーについては沈黙するよりない 「花鳥風月」「雪月花」 ・・・ 使い古された「形」でなく 生きている共感として感じられたとき 自然にわきあがってくる 『ちから』 体内の川音に耳を澄ますとき 瀧の音、渓流の水音に響きあう からだがある |
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